私は新潟地震にあいました。
揺れた所は小学校でした。
一晩、体育館で休みました。
その日は全く飲み食いはしないで、トイレもいかず何が起きたかもわからず、体育館の床で
横になりました。翌日親切な人が来て石山団地の家を一軒空けてくれて5人家族の
うち4人は女ばかりで車に乗せてもらい、初めての家に入りました。
父は一人で家に帰りました。「俺は戦争に行って帰って来たんだと、空元気を出して缶詰と缶切りを
風呂敷に包んで歩いていきました。呉服屋なので両親は着物を着ていました。
その後ろ姿を見てこれが最後なのかと思いました。
昭和石油の破裂する音が聞こえていました。
数日たってから自宅の呉服屋に帰りました。電気はついていました。
呉服屋の大ガラスはすべて割れていました。
信濃川の水が決壊するかもしれないと言われ、各家から男は土のうつみに出るように言われ
父が服を来て出かけました。数日後脳梗塞で気を失いました。
まだ、42歳でした。2週間ほどで目が覚めました。
私は父はもうだめだと思いました。
今、何が大切か考えてください。命です。
